1.自己決定理論(SDT)とは
自己決定理論(Self-Determination Theory, SDT)は、人間が内発的に動機づけられるメカニズムを説明する心理学理論である。人間の動機づけを、外発的動機(外からの報酬・圧力によるもの)と内発的動機(やりたい・意味があるからやるもの)に大別し、特に「内発的動機づけが持続的な行動や幸福感につながる」と強調している。
大きく 自律性(autonomy)・有能感(competence)・関係性(relatedness) の3要素が満たされると、人はより主体的に学び、挑戦し、継続できる。つまり、習慣化に大きく影響する理論であるといえる。
私自身、会社員時代を振り返ると、このSDTがキャリア形成や日々の習慣に強く影響していたことを実感している。
2.海外駐在で得られた「自律性」
海外駐在員には、国内勤務よりも大きな職務と職位が与えられることが多く、自己決定の余地が広がる。
現地での生活や業務に慣れるにつれて、自然と意思決定に自分の考えを反映できるようになり、その分だけ仕事へのモチベーションも高まっていった。
例えば、年度初めの予算会議。業績報告や来期計画のプレゼンは、単なる義務ではなく「自分の意思で未来を描き、実現していく場」へと変化していった。
もちろん、会社からノルマ的に売上目標が提示されることもあった。しかし「どうアプローチして達成するか」を自分の戦略として組み立てられる点に、むしろやりがいを感じていた。これはまさに、SDTのいう「自律性」が仕事のエネルギー源になった瞬間である。
3.学び直しと「有能感」
タイ駐在から帰国後、自分の英語力が不足していると痛感した。そこからほぼ毎月TOEICを受け続ける「荒療治」を始めた。通勤時間も貪る様に学習に取り組んだ。外から見れば単なる試験対策にすぎないが、私の中では「次の駐在に備え、現地で通用する英語力を身につける」という強い目的意識があった。
今思えば、人生で二番目に勉強した時期である。得点が少しずつ上がるたび、自分の有能感が強化され、それがまた学習を続ける原動力となっていた。そこからインド駐在となった。
4.健康習慣と「自己決定」
キャリアだけでなく、健康面でも自己決定理論が影響していた。
- インドネシア駐在中は毎週末に1km泳ぐ
- インド駐在中は毎朝1km走る
- タイ駐在では事務所24階まで階段を使って登る
- 朝は軽い筋トレを続ける
- 昼食は自作弁当で、栄養管理と時間の効率化を両立
これらは誰かに強制されたわけではなく、すべて「自分が決めて継続してきたこと」である。SDTに基づく「自律的な行動」は、体力維持だけでなく、自己管理への自信にもつながっていった。
5.年収と内発的動機のスパイラル
海外駐在は金銭的報酬や待遇面でのメリットも大きい。しかし、それ以上に「自ら決めて動ける環境」がモチベーションを引き上げた。
さらに、収入は精神的な余裕にも直結した。余裕があるからこそ、貯蓄や投資にお金を回すことができる。すると「仮に失職しても2〜3年は生活を維持できる」という経済的な安心感が生まれた。
この安心感は、組織の不合理な同調圧力から自分を解放し、より強い自己決定を可能にしてくれたのである。
自信が増し、他のキャリアの可能性にも目を向けるようになった。そうした流れは、まさにスパイラル効果を生み、内発的動機をさらに高めていった。
まとめ
振り返ると、海外駐在での経験、語学学習、健康維持の習慣、そして経済的余裕の蓄積。これらすべてに共通していたのは、 「自分で決め、自分で進める」 という感覚である。
外部からの要求(会社のノルマや環境の制約)であっても、自分の中に「納得感」を持ち込むことで、行動は苦痛ではなく前向きなものへと変わる。
それこそが自己決定理論の真価であり、私が会社員時代を通じて実践してきたキャリア形成の核心だったのだと思う。